airows:

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おのくん用。

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Reblogged from Short Cuts(s)

初めて消費税が導入された1989年・・・
あれから2014年の消費増税に至るまで、
バブル崩壊
阪神淡路大震災
同時多発テロ
リーマンショック
東日本大震災など様々な出来事が起こった・・・
そんな中でもただ一つ変わらないことがある。



「中日の先発は山本昌」

Twitter / baseman18 (via victory-e233)

|A`) 今年も現役、スゴイ!

(via nise3kawan)

Reblogged from UMAMOON
inkhead:

what rabbit ate, paper cut, 2013
bone a day  inkhead    more paper cuts available here: eyefun

inkhead:

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Reblogged from Wendy Wallin Malinow

貧乳→teacups(紅茶茶碗)
ふつう→grapefruits(グレープフルーツ)
デカイ→hammocks(ハンモック)

Reblogged from weird, wired
「人間、歳取ってくると牛肉よりは豚肉、そして鶏肉、やがて魚の方がよくなってくる。
それも道理の事で、本来自分が戦って倒せる動物じゃないと食えない様に出来ているのだ。
若く力のある時には牛と戦い勝って、その肉を切り取って食う事も出来るだろうが、歳を取ってくるとそうもいかなくなる。
その時には牛よりも小さい豚、その豚にも敵わなくなったら鶏、その鶏も捕まえる事が出来なくなったら、海岸に落ちている昆布だの貝だのを食うのだ」

本日テレビの「徹子の部屋」にゲストで出ていた中村メイコの旦那、神津善行が唱えている説だと言う。
Reblogged from Short Cuts(s)
アップルが変なアプリを締め出すのって、ディズニーランドにゴミが落ちてないのと同じ理屈でしょ。

Twitter / eigokun (via 774)

弁当持込禁止。うん、良い例えだ。

(via kuruyoku) (via x-117) (via non-117) (via mittan) (via kondot) (via masaka, 774) (via quote-over100notes-jp) (via ttttttext) (via toreq)

Walled garden

(via hexe) (via kiri2) (via yellowblog)

Reblogged from オッさんのTumblr.
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aurorae:

Ginza (by kalcul)

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Ginza (by kalcul)

Reblogged from オッさんのTumblr.
「本書は、現代の若者論は「愚痴」に留まらず、社会を好ましくない方向に動かしているのではないかという問題意識から、政治的にも、文化的にも「世代」という枠組みが前面にでてくるようになってきた1970年代(「全共闘世代」「団塊の世代」)から現代に至るまでの「世代論」「若者論」を検証。「若者論の失われた40年」という枠組みを提示する。そこから見えるのは、科学的根拠のない若年層へのバッシング、あるいは擁護論であり、そうした「若者論」の想像以上の害悪である。」
Reblogged from オッさんのTumblr.
Reblogged from UMAMOON

さて、私は先日終わったばかりの前学期にゼミを四つ取っていたのですが、その中の二つのゼミで採用された文献があります。というか、私は在学中にこの文献を四回も読まされました。それは、E. H. カーという歴史学者兼国際政治学者の書いた古典、「歴史とは何か」です。

歴史とは面白い物で、膨大な史実が分かっていません。例えば、古代アテネの名も無き一市民の生い立ちなどに言及している文献はほぼ存在しません。これは考えてみれば当たり前のことで、名も無き一市民のことなど誰が知りたいと思うでしょうか?

つまり、歴史とは削られていくものです。膨大な史実から、必要と思われる史実のみを、その時その時に生きた歴史学者が選択し、極めて主観的に歴史を書くわけでございます。ここまでは別にいいのですが、カーはある重要な点に着目して、「歴史とは何か」の論証を進めました。それは、歴史学者が史実を主観的に選択する作業では無く、主観的に構築する作業です。

歴史はそのままでは歴史になりません。歴史の語り人が、彼が必要と思った史実を組み合わせ、歴史として語るとき、初めて歴史は歴史になります。そして、その組み合わせの結果出来上がる歴史は、まさしく歴史が書かれた時代により変化していったわけでございます。つまり、どういうことかといいますと、史実を選択する作業だけではなく、歴史を構築する作業そのものが、歴史の語り人の主観から逃れることができないのです。ランケという歴史学者がいい例で、彼の書く歴史はまさしく、フランスの力が衰え各国王制の終焉が近付くパラダイムシフトな時代を反映し、時代の価値観を反映する史料を批判した、史実のみを歴史として追い求めていくスタイルでした。歴史そのものが、歴史の語り人の時代的、社会的、個人的背景をベースとして作られます。よって、歴史記述そのものが歴史の一部を形作る、つまり歴史とは歴史学者と歴史との終わりなき対話である、というものがカーの最も強調したテーゼでした。

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